写真集「熱と空気」紹介動画

去年10月に制作しました写真集「熱と空気」の紹介動画を作成しました。去年の今頃は写真集制作の追い込み時期だったように思います。
本来なら今年は東京で個展を開催したり、写真集を持っていろいろなところに行きたかったのですが新型コロナの影響により自粛しています。
落ち込んでばかりもいられず、写真教室はオンライン化をしてみたり、BASEを立ち上げてみたり、飼い猫の様子をアップするYouTubeを開設したりしていました。
動画については「音楽」をどこからどう持ってこようとか、編集ソフトを購入するのかどうかとか、購入してもさわらないんじゃとかいろいろ悩んでいたのですが、始めてみるとYouTubeの中で使用OKな音楽がたくさんあるし、何より飼い猫の記録を残すのが楽しくなってきました。無理のない範囲でUPして行こうと思っています。
また動画ソフトを触り始めた事で停滞している写真集の紹介もまずは動画でできればと思い、制作しました。
BASEからお買い求めいただけますので、どうぞよろしくお願いします。

BASEはじめました。

写真集「熱と空気」をひっさげてまずは東京から個展を!と意気込んでいたのですが、新型コロナウイルスの影響により、展覧会も難しくなってきたことや、撮影のお仕事がほとんどなくなってしまったこともあり、BASEをはじめてみます。
大阪で開催させていただきました写真展では私自身の吹きガラスの作品も販売させていただいたのですが、こちらが思いのほか好評でしたので、作品も販売していきます。
またこれまでに写真展に合わせて制作した猫にまつわる印刷物なども販売しております。ポストカードは150円で販売しておりましたが100円にしました。
猫にまつわるグッズの売上の半分は八幡地域猫を考える会に寄付したいと思います。
八幡地域猫を考える会は知人が参加されていて、ずっと応援をしています。去年は騒音問題で引越しなどがあり、体調も崩してしまったので寄付も出来ていませんが、ぼちぼち再開したいと思います。
騒音問題は2つあり、1つは継続中ですが、ローンと家賃のダブル支払いも苦しくなってきたのでとりあえずは元の家に戻りました。
今回の事で2拠点生活はあまり向いていないかな、というか、するなら徒歩圏内だなと改めて痛感しました。7ヵ月の避難生活でたくさんの事に気が付き、金銭面では大変ですが得るものは大きかったと思います。

写真集「熱と空気」をどうぞよろしくお願いいたします!

あおぞら写真館開催しました。

11/23.24の2日間、今年も三田にあります風建築工房様ご協力の元、あおぞら写真館開催することができました。
3回目となりました「あおぞら写真館」。
毎年来てくださるご家族もいらっしゃり、年賀状にしてくださるご家族も。
豊かな自然の中、たくさんの笑顔を写真に収めることができて、家族の思い出のお手伝いができるのは幸せなことだなと思います。
今年はなんと18組ものご家族を撮影させていただきました。(過去最高)
ここからもどんどんご縁が広がっていきますように。

撮影を担当させていただきました。

1000年続く匠の技術と、現代のクリエイティブが出合った先にあるもの。「飛騨の森でクマは踊る」が起こす、森林活用のオープンイノベーション。

飛騨古川の街並みが心地よく、またゆっくり旅してみたいと思っています。
林千晶さん、とてもとても素敵な方で、このような機会をいただけて幸せです。また古巣の竹中工務店さんにこんな形でご協力できるとは夢にも思っておらず、人生って面白いなと思います。
ヒダクマさんのとても素晴らしい取り組みを是非ご覧になってください。

写真集「熱と空気」

私自身の制作場所でもである吹きガラス工房を撮影しました。
カメラという道具を使って時間を写し取る「写真」。直接触ることのできない熱いガラスの塊を扱う「吹きガラス」。
私にとってこの2つはとても良く似ているもので、そんな思いを「熱と空気」にまとめました。
吹きガラス作家が普段どのような場所でどのような道具を使って作品を作りあげていくのか、制作風景を通してものづくりに興味を持っていただけると嬉しいです。

熱と空気 glassblowing

「1300度の炉の中でガラスが溶ける。
オレンジ色の生き物のように存在感を放つガラスを竿の先に巻き取り冷めないように一定の温度をキープしつつ、炉の中で思い描く形にしてゆく。
熱しすぎると形が崩れ、温度が低くなると割れてしまう。
「吹きガラス」と「写真」はとてもよく似ていると私は思う。
形の定まらない熱いガラスの塊をいろんな道具を用いて形にしてゆく吹きガラス。
曖昧だけれど確かに存在する空気や時間や感情というようなものをカメラという道具を使って目に見えるものとして固着させる写真。
直接手で触れることができなくて、なかなか思いどおりにはならないけれど、思うような形を作ることができたり、
どこにでもありそうでかけがえのない瞬間を写しとることができたときの喜びも、とてもよく似ている。 」